大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)168号 判決

本籍

秋田市土崎港旭受十七番地

住居

同市楢山寺小路十二番地

無職(元国有鉄道職員)

内藤良平

大正五年三月十七日生

本籍並住居

同市川尻町総社前三十五番地

国鉄労組秋田分会書記

小松忠

大正十一年二月二十日生

右被告人内藤良平に対する脅迫、同小松忠に対する脅迫幇助各被告事件について昭和二十四年十一月四日秋田地方裁判所において言渡した有罪の判決に対し被告人等から適法な控訴の申立があつたので当裁判所は次の通り判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人内藤良平を罰金五千円に被告人小松忠を罰金三千円に各処する。

右罰金を完納出来ないときは金二百円を一日に換算した期間被告人等を労役場に留置する。

原審訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

弁護人細野三千雄、同古沢斐の控訴理由は別紙各控訴趣意書記載の通りである。

両弁護人の控訴趣意第一、二点の原判決の認定は事実の誤認であるとの論旨について。

その所論多岐に亘るがその要旨は(い)、被告人等の本件所為はその所属する労働組合分会の上部機関である国鉄労働組合秋田支部執行委員長の指令に基いたもので被告人等の意思に出たものではなく、(ろ)、脅迫の意思が無かつた、(は)、本件電報を受取つた相手方は元より、事情に通じた関係者等は之を脅迫の通告とは思つていない、(に)、本件電報の文言は巷間の電柱、板塀其の他に見られるアヂビラと同旨のもので自体川柳的七五調の戯文で脅迫文とは全く縁がない、(ほ)、四通の電文は相異なるが受信者を指定考慮しないで慢然発信させたもの等の各事情から脅迫罪を構成すべき筋合でないというにあるので按ずるに所論に(に)指摘の何々労働組合名義のアジビラが通行人の見易い到る処に貼られていることは所論の通りであるがアジビラの「何某を屠れ」とか「何某を葬れ」との文言を見た通行人が現実何等の衝動を受けないだろうか。それほど日本人が無感覚残忍になつたとは到底認め得ないばかりでなく、新憲法下平和国家建設途上吾が国民に要請すべき正義観念と相容れないといわねばならないから之を容認し難い。

されば右ビラと同趣旨の「きるならきつてみろ、かくごはよいか」「くびきりやめろ、みがだいじ」、「むりしてきるより、いのちがだいじ」、「きられるうらみただではすまない」、との文言電報を人の住居に送達するのは本人の生命身分に害を加えるだろうことを告知するものでその告知は一般通常人の平和の感覚を侵害して畏怖の念を催うさせる性質をもつものと認めざるを得ないからその所為は人を脅迫するものであり、告知を受けた者が告知された害悪が真実に発生するものと信じようと信じまいと、又現実に畏怖の念をおこそうがおこすまいが、脅迫罪の成否に何等の影響を及ぼすものではない。されば本件においてたとい本件電報をうけた相手方等が所論(は)指摘のように何等畏怖を感じなかつたとするも本件脅迫罪の成否に消長がなく、被告人等が原判示経路で本件電報を発送した以上その所為は脅迫罪にあたり、たとい上部機関の指令に基いたからとて犯責を免れ得べき理由がない。また原判示四通の電文は前認定の通り何れも受信者を脅迫するに足るから同電文と原判示受信者とを各別に指定しなかつたからとて犯罪の成否にかかわらない。被告人小松が右電報発信の役割を果たした以上原判示の犯責を免れ得ないこと前断認定で明らかである。結局論旨は凡て独自の見解に立つて原審裁判官の事実認定を非難するもので到底採用し難い。

弁護人古沢斐の控訴趣意第四点について。

原審公判調書によれば弁護人が被告人内藤良平の自首調書の不完全を指摘し、その補正のため証人戸坂千里の取調を請求したことは所論の通りであるが、自首した者に対しその刑を減軽すると否とは裁判官の自由裁量に属し其の刑を減軽することを適当でないと認定したときは自首の事実があるとしても特に之を判示する必要のないことは大審院並最高裁判所判例の指示する所だから原判決が右判断をしないからとて違法とはいえないから論旨は理由がない。

両弁護人の控訴理由第三点の量刑不当だとの論旨について。

記録によれば所論指摘の事項は全部首肯し得る所であるばかりでなく、被告人内藤の本件犯行直後秋田警察署えの自訴はその反省自責の程も察知出来るし、本件は労働組合の幹部職員たる責任感に駆られた結果たることも窺われ七才を頭に三男幼児を抱える家庭の事情等考量すると実刑を科しないにしても懲役刑を科した原審の科刑は失当の憾なきを得ず、被告人小松に対する同上科刑またその家庭事情其の他諸般の事情を考量すれば稍々過重と認めるので此の点に関する論旨は理由があるので刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄し、当裁判所において自判出来るので同法第四百条但書により更に判決する事とし、訴訟記録及原判決挙示の証拠により原判示事実を認定し、原判示事実中被告人内藤良平の処為は各刑法第二百二十二条第一項に該るを以て所定刑中罰金刑を選び、その多寡額につき罰金等臨時措置法第二条第三条を適用し刑法第四十五条前段の併合罪だから同法第四十八条第二項を適用し、被告人小松忠の所為は各同法第二百二十二条第一項第六十二条に該るを以て、所定刑中罰金刑を選びその多寡額につき各罰金等臨時措置法第二条、第三条を適用し同法第六十三条、第六十八条第四号により従犯の減軽をなし同法第四十五条前段の併合罪だから同法第四十八条第二項を適用し各罪につき定めた罰金の合算額範囲内で被告人内藤良平を罰金五千円に被告人小松忠を罰金参千円に各処し若し右罰金を完納することが出来ないときは同法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人等を労役場に留置する。なお原審訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項、第百八十二条を適用し被告人両名に連帯負担させる。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 小山章 判事 村上武 判事 今泉勘七)

弁護人細野三千雄提出控訴趣意書

第一点 本件は被告人等が秋田管理部長桜井豊三、同総務課長石井直茂、同人事係長熊谷源次郞に対して電報を発した事案であるが原判決が之を脅迫罪に問擬した点は事実の誤認である。

(い) 右発信行為は被告人等所属の国鉄労働組合という一つの組織体に於て被告人等所属の秋田分会(秋田駅区管内)よりも上級の機関である国鉄労働組合秋田支部(秋田県全区域)の執行委員長の指令(証第八号)に基いたものである。労働組合は秩序統制ある組織団体としてその上部機構の指令は常に下部機構に於て厳に遵守されねばならない。殊に労働争議の如き鬪争形態に入つた場合に於ては特に上の命ずるところ下之に従うのは当然というよりも必須の条件であつたといわねばならない。

(イ) 当時の国鉄労組秋田支部執行委員長であつた土門幸一証人は明白に「電報等による神経戦術を採用することになつて指令を発した」と証言している(記録六六丁)

(ロ) 証第八号の指令には秋田全県の国鉄労組各分会が電報による神経戦術を採用すべきことが、発信時刻を指示して命令されている。然かもこの指令は七月の行政整理の際の争議にも尚効力存続しておつたことは土門証人の証言するところである。

(ハ) 秋田分会の書記長であつた証人松井慶太郞は被告内藤の問いに対して「発信するといつた事に同意すると言いました」と明言している(七四丁)

以上を綜合するに電報発信は被告人等の意思によつたものではないということがでぎる。

(ろ) 更に被告人等には脅迫の意思が無かつたものである。このことは内藤の自首調書に「脅迫をやる意思は毛頭無く云々」の供述記載あるの外、公判に於ても終始供述するところであり(一七丁)、被告人小松に至つては「鬪争委員長である内藤の命令に従つて打電したに過ぎない」(一七丁)、又「決して相手方を脅す考えでやつたのではないことは彼の今迄の行動で判りますし脅す考えでやつたのでないと信じています」とは土門の証言するところである。(六六丁)

(は) 電報を受取つた被通告者等も事情に通ぜる関係者等も脅迫の通告とは思つていない。

(イ) 管理部長証人桜井豊三は「これは夜間配達させ整理事務を担当して居る我々を眠らせないという鬪争手段でいわゆる神経戦術でありまして当時もその方法をとつたんだなと思つたのでこの様な電報は夜間に配達しないで全部一括して朝に配達して呉れと秋田郵便局に話をしました然し身体や生命に害惡を受けるという様なせつぱ詰つた感じはしませんでした」(四六丁)

(ロ) 人事係長証人熊谷源次郞は「三月の臨時人夫の解雇の時も夜十時頃から朝の三時頃にかけて、この様な電報が配達されて居りましたし今回も多分あるだろうと思つて居りました」(五三丁)

(ハ) 総務課長証人石井直茂は「多分この様な電報は来るだろうと思つていました以前にもこの様な電報が来てあつたし、またやつて来たなと思つていました。単なる組合の鬪争戦術としか思いませんでした(五八丁)、一括して晝間配達して貰う樣に郵便局え話すことにしました……何等恐怖感はありませんでした……警察え申出るとか何とかは考えても見ませんでした。」(五九丁)

(ニ) 証第九号「交通新聞」に記事として掲載されている如く郵便や電報による「神経戦」は国鉄関係者間には周知の戦術であり、又土門幸一証言の如く「各方面で行われて居た」(六七丁)のである。

(に) 発信者の意思及び受信者の感じ等の当事者の主観を別として、客観的に電文の字句内容は如何であろうか、それにはその打電された当時の時と場所と四囲の客観的情況等を綜合して、その情勢下に於てその字句内容を検討すべきであろう。

当時管理部付近には一歩家を出ずれば到る処の電柱、板塀等には「石井課長を屠れ」とか「桜井管理部長を屠れ」とかのビラ若くは証第七号の一乃至三の如きアヂビラが貼られていたことは土門幸一の証言(六八丁)熊谷源次郞の証言(五五丁)桜井豊三の証言(四九丁)石井直茂の証言(五八丁)等によつて明らかなところである。証第七号二及び三の「吉田を葬れ」「追放せよ桜井管理部長を」等その他之に類する刺戟的にして激情的な字句の氾濫する雰囲気の内にあつて本件の「覚悟はよいか」「唯では済まない」等の字句が生命身体財産名誉信用等に害惡を加うべき字句と解すべきではない。「吉田を葬れ」の字句が吉田首相の生命身体を除去することを意味せず単に吉田内閣打倒、吉田首相えの示威的意味を有するに過ぎずと解せられると同様に本件の電文も示威的字句と解すべきであろう。

電文が上品幽雅な詩的な字句ではなく下品で野卑で蠻的であるとの批評は免かれないであろう。証人の云う如くそれは「きつい文句」(桜井豊三、四六丁)であり「あくどい」(熊谷源次郞五三丁)と云える。然し当時の我国労働運動の一般状況はアヂビラ等の用語に於て例えば「見よ」と云えば足るところを殊更「見ろ」と云うなど、蠻的に表現する風習であつたことは公知の事実である。

然し乍ら野卑であるに過ぎないのであつて、それ以上の何物でもない、之を脅迫とするは神経過敏な考え方である。

(ほ) 三通の電文夫々内容相異するが受信人三名の誰に対しては、どの電文字句を用いるかは被告人内藤に於て指定せず、打電に際して被告人小松もその点に関し何等考慮した形跡がない、即ち電文字句は発信者にとつて何等重要性がなかつたことは明瞭である。

以上を綜合すれば本件は脅迫の犯意を欠くことは明瞭であつて之を脅迫と認定した原判決は事実を誤認したものと云はねばならない。

第二点 殊に被告人小松は機械的労務に服したに過ぎない、同人は国鉄労組秋田分会の調査部長の職に在つたことは起訴状記載の通りであるが、かかる組合役員なるが故に本件を実行したのではなく、内藤良平自首調書に明らかなる如く偶然にも当夜宿直に当つていた為め、鬪争委員長内藤の命によつて打電したに過ぎない。殊に組合員の一致結束が要求せられる労働争議中に於て鬪争委員長の命令は厳に遵守されねばならないから、彼は機械の如く電文の原稿と電報代金を持つて命ぜられた時刻に賴信紙に原稿通りに電文を写し取り、命ぜられた受信人三名の住所氏名をどの電文字句を三人の内の誰にするかの判断を加えることすらもなく順次に書き、局員の要求する代金を支払うという終始一貫唯単純な機械的労務に服したのみである。若し被告人小松が犯罪幇助というならば、当日内藤から相談を受け之に「同意する」と(七四丁)云い、代金概算払として千円を交付した松井書記長は被告人小松よりもより深く犯罪に関与していると云うべきではなかろうか。

被告人小松に至つては毫末もその犯意を見出すことは出來ない。

第三点 仮りに脅迫罪成立するとしても原判決の刑の量定は不当である。

(い) 被告人等の人柄については証人等は口を揃えて「立派な指導者」(桜井四七丁)「真面目で仕事には真倹な性格で将来有望な人」「仕事に熱意のある真面目な人」(石井六〇丁)「公正な考え方の人」(土門六六丁)と推賞している。

(ろ) その思想行動は国鉄労組内に於て穩健にして漸進的な所謂「民同派」である。(桜井四八丁、石井六一丁)

(は) 行為の動機は行政整理の対象となつた秋田管理部管内職員千六百名準職員三百名(桜井四五丁)の失業を防止せんが為めであつた。

(に) 発信者が被告人であると判明した時、受信者等はいづれも非常に意外に思つた(桜井五〇丁、熊谷五四丁)のであり、当時「各友誼団体からつめよられた事があり」(松井七三丁)「分会の委員長としての立場から責任上已むを得ずやつた」(土門六八丁)ものである。

(ほ) 且、被告人等は定員法による行政整理に際し「一般の整理基準には該当していなかつた」(桜井五〇丁、熊谷五五丁)にも不拘、本件の為め整理せられて今は失業し、実質上手痛き制裁を既に受けたのである。此れ以上重く処罰することは結局過酷に処刑したことになるのである。

以上を綜合すれば原審の科刑は重きに失すると思料せられる。

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